【2024年】ジョコウィ風刺画の展示会中止事件とは?民主主義の後退?インドネシアの芸術検閲

ジョコウィ風刺画の展示会中止事件の解説

こんにちは。今日は、2024年12月にインドネシアで大きな議論を呼んだ「ジョコウィ風刺画の展示会中止事件」について、丁寧にまとめてみたいと思います。この話題を取り上げた理由は、私は美術愛好家なことと、この事件が「民主主義が後退している」と言われる今のインドネシアを象徴する出来事の一つだからです。

目次

事件のあらまし

2024年12月19日、ジャカルタの国立美術館で予定されていた画家ヨス・スプラプト(Yos Suprapto)さんの個展が、開幕直前に中止されました。

ヨス氏のインスタグラム→ https://www.instagram.com/yos_suprapto/

予定されていた30点の作品のうち、ジョコウィ前大統領を批判的に描いた5点が問題視され、当初は2点を黒布で覆うことで合意しましたが、その後さらに3点の撤去が求められました。ヨスさんはこれを拒否。結果的にキュレーターが辞任し、展示そのものが取りやめになったのです。

ヨスさんはこの決定を「検閲(censorship)」と強く批判し、「芸術家は社会の腐敗に鋭敏に反応する存在だ」とコメントしました。この発言は多くの共感を呼び、国内外のメディアが大きく取り上げました。

時系列で振り返るヨス・スプラプトさん個展事件

日付出来事
2024年12月13日ジャカルタ国立美術館で個展の設営が始まる予定でした。
12月16日担当キュレーターの Suwarno Wisetrotomo 氏が辞任。
12月17日問題視された5点のうち、2点を黒布で覆うことで合意。その後さらに3点の撤去が求められるが、ヨスさんは拒否。
12月19日開幕直前(わずか10分前)、美術館が「技術的理由により延期」と通知。実質的に中止に。
12月22日展示室の電気が消され、入場も封鎖されたと報道。来場者を締め出す意図と受け止められる。
12月23日展示されていた作品をすべて撤収。ヨスさんは作品を故郷ジョグジャカルタへ持ち帰る。
12月24日ヨスさんが「議論を深めることで合意できず、『異なるアプローチを認めることを選んだ』」と語り、自ら作品を引き上げたことを明かす。一部はコレクターに売却され、ジョグジャカルタでの再展示の可能性にも言及。
2025年1月以降国内外のメディアやアート誌が「表現の自由が脅かされる象徴的事件」と評価。ヨスさんも声明で「自由へのアラーム」と発言。
2025年4月1日国際博物館ネットワーク CIMAM がこの件を「検閲の先送りか?」と題した報告で取り上げ、アートの自由を考える上での重要なケースとして位置づける。

問題になった5点の作品とは?

以下の5点が問題の風刺画です。公式の解釈はないので、私の解釈で見ていきます。

王座に座って人民を踏みつけるジョコウィ

中央の人物がジョコウィ

  • 王座に座り、笑顔を浮かべる人物は、前大統領ジョコウィ氏を想起させる風貌に描かれています。
  • 制服や勲章、たすきが権威を象徴しており、国家権力の頂点にいる姿を表しています。

足元の人々が国民

  • 中央人物の足下には、地面に押さえつけられ苦しむ人々が描かれています。
  • これは「庶民」や「国民」が圧政によって抑えつけられていることを象徴していると考えられます。

ジョコウィを取り囲む軍隊と警察

  • 両脇には武装した兵士が立ち並び、背後には一面に広がる兵士の群れ。
  • 絵の左側(オレンジ色)はヘルメット姿の兵士、右側(緑色)は制服を着た兵士で構成されています。
  • オレンジ=軍隊(TNI)、緑=警察(Polri)を示唆。インドネシアでは軍と警察の権力がしばしば政治と密接に結びついてきた歴史があり、それを象徴的に色で対比している可能性があります。

背景の炎

  • 背景に描かれた赤と黄色の炎は、混乱や破壊、あるいは社会の不安を暗示していると考えられます。
  • 権力の座を取り巻く環境が不安定であることを示唆する表現

赤い牛と一緒に歩くジョコウィ

中央の人物がジョコウィ

  • 白いシャツを着て笑顔を浮かべる人物はジョコウィ氏。
  • 大きな赤い牛を引き連れており、権力と政党との結びつきを象徴しています。

赤い牛と与党PDI-Pの象徴

  • 赤い牛はインドネシアの与党「闘争民主党(PDI-P)」のシンボルを示唆していると考えられます。
  • 牛の背にかけられた緑の布は、党カラーである赤と緑を重ね合わせた表現です。
  • つまり、権力者と与党が一体化している構図を風刺しています。

背景の建物と「2019」

  • 背景には「2019」と記された国会議事堂のような建物が描かれています。
  • これは2019年の選挙や政権の再選を示唆していると考えられます。
  • その上に浮かぶ大きな「目」は監視や権力の象徴であり、不穏な支配を暗示しています。

群衆と社会の分断

  • 左側には熱狂するように描かれた人々、右側には統制された緑色の人影(= 警察)が並んでいます。
  • これは「群衆の熱狂」と「権力による統制」の対比であり、社会の分断や群衆操作を表現しています。
  • 前景の牛の群れがぶつかり合う姿は、混乱と不安定さを強調しています。

エリート層に米を与えるジョコウィ

農民姿のジョコウィ

  • 腰布と笠を身に着けた農民風の人物は、ジョコウィ氏を表しています。
  • インドネシアの庶民出身を強調するように、素朴な農民の姿で描かれています。
  • そのジョコウィが、横たわる人物に白ごはんを与えている姿は、庶民出身のリーダーが「食(=国民の資源や利益)」を再分配する役割を担っていることを象徴していると考えられます。

横たわる官僚や権力者

  • ネクタイを締めた横たわる人物は、官僚やエリート層、あるいは既存の権力者を示唆しています。
  • その姿勢は受け身であり、権力の座にある者がむしろ「ジョコウィに養われる存在」として描かれているように見えます。
  • これは、支配者層と庶民の力関係を逆転させた皮肉な構図ともいえるでしょう。

背景の赤と米の象徴

  • 背景一面に広がる赤は、不安や対立、社会的緊張を暗示しています。
  • 左に置かれた米の器は、農民の労働によって得られる「国の糧」を象徴しています。
  • その米を与える主体がジョコウィであることから、「庶民出身の大統領が権力層をも支えている」という逆説的な構図を示しています。

財務大臣と享楽にふけるジョコウィ

後ろ姿のジョコウィとスリ・ムルヤニ

  • 絵の中心に描かれた後ろ姿の男性はジョコウィ氏、横で描かれた裸の女性は財務大臣スリ・ムルヤニ氏を象徴しています。
  • 2人は豪奢な食卓に座り、果物やワインに象徴される富や国家資源を消費する姿として描かれています。

青い人々 – ジョコウィ政権から恩恵を受ける人々の連鎖構造

  • 2人が座っている「山」は青い人々で形作られています。
  • 一番上層の青い人はジョコウィの尻を舐め、その下の層の人は上層の青い人の尻を舐める……という構図が繰り返されています。
  • これは「不正な利益配分の連鎖」を象徴しており、権力者からの恩恵が純粋な形ではなく、層ごとに“汚されたもの”として伝わっていくことを強烈に風刺しています。
  • 下に行くほど人々の表情は苦しげになり、最下層ではほとんど息絶えたように見える者も描かれています。

赤い人々 – 怒りに燃える民衆

  • 左右に描かれた赤い群衆は「国民」や「庶民」を象徴。拳やナイフを突き上げ、抗議の声を上げています。
  • しかし中央の「利益配分システム」には届かず、腐敗した構造が温存され続けていることを示しています。

背景の国会議事堂と「監視の目」

  • 背景にはインドネシアの国会議事堂が描かれ、その上に巨大な「目」が浮かんでいます。
  • 「目」は、国家権力が民衆を監視していることを暗示しています。

全体のメッセージ

  • この作品は「国家資源の不正な利益配分システム」を強烈に可視化した風刺画です。
  • 権力の頂点に立つジョコウィと財務大臣が最上層で享楽にふけり、その下では青い人々が尻を舐め合う階層的な連鎖構造として描かれています。
  • それは「腐敗したシステムのなかで、上層の者だけが相対的な利益を得て、下層に行くほど損失と苦痛が大きくなる」ことを表しています。

王座を背負って飛ぶジョコウィ

インドネシアを背負うジョコウィ

  • 画面下部には半裸で海の中を進むジョコウィ氏が描かれています。
  • 彼は頭上で大きな「赤と白の階段」を支えており、これはインドネシア国旗の色なので、国家そのもの、あるいは権力構造を背負っている姿を象徴しています。
  • 階段の先には玉座が置かれており、「国家権力への道」がジョコウィによって支えられているようです。
  • ただし階段は直線ではなく歪んでおり、その歩みは困難、または遠い距離がありそうです。

ガルーダと白い鳩

  • 階段の先の玉座の上空には、インドネシアの国章であるガルーダを思わせる大きな鷲が翼を広げています。
  • その横には白い鳩が描かれ、理想としての「平和」や「希望」を象徴しています。
  • 権威と理想が同じ空間に描かれており、その対比が強調されています。

権力集中のイメージ

  • ジョコウィ一人が国家を背負い、玉座と国旗を支える姿は「権力が一人の人物に過度に集中している」イメージを示していると考えられます。
  • これは「庶民の代表として担う」という肯定的な見方と、「権力を独占している」という批判的な見方の両方を読み取れる構図です。
  • それが「英雄的責務」として描かれているのか、「危うい権力集中」として描かれているのか、観る者に問いを投げかける作品なのかもしれません。
  • 「国家の象徴(国旗・玉座・ガルーダ)を支えるジョコウィ」という構図を通して、彼がいかに国家の中心的存在になっているかを風刺しています。

ジョコウィ氏や政府からの圧力はあった?公式コメントも紹介

展示会中止をめぐっては、「ジョコウィ氏や政府が関与していたのではないか?」という疑念が、市民やメディアの間で根強く語られました。実際のところ、ジョコウィ前大統領本人や政府当局からの直接的な介入や公式声明は確認されていません

とはいえ、風刺対象がジョコウィ氏であったことや、文化相が開幕式への出席を直前に取りやめたことなどから、「政治的な圧力があったのでは?」という見方が広がりました。また、美術館やキュレーターが「テーマから逸脱している」「露骨すぎる」と判断し、“忖度”による自己検閲 が働いたのではないかという解釈もありました。

野党議員や活動家からは「検閲の悪しき前例だ」と批判の声も上がり、国際メディアも「表現の自由の後退」として警鐘を鳴らしました。

ジョコウィ氏のコメント「問題ない」

  • ジョコウィ氏は12月27日、メトロTVの取材に対し次のようにコメントしています。 「今日のお昼、側近からこの件を聞きました。あれは芸術家の創造性であり評価されるべきものだと思います。政治芸術としての表現でもあるので、民主主義国家なら、展示されても問題ないと思います」https://www.metrotvnews.com
  • また、ジョコウィ氏は展示が中止されたことについても、「作品を直接見ていないのでコメントは難しいが、芸術家の表現や批判の形は尊重されるべき」として、次のように語っています。「私はその作品が展示されない理由を知らないが、創造性は尊重されるべきだと思う。批判があるのも社会の中で自然なことで、展示自体には問題ない。ただし最終的な決定権はギャラリーや文化省にある」https://www.metrotvnews.com

このように、ジョコウィ氏はあくまでも「芸術家の表現を尊重すべき」との立場を示しており、「展示自体には問題ない」という姿勢を公に表しています。

「誰が関与したのか?」色々な説

関与した?憶測・議論されている説
ジョコウィ(前大統領)表向きの介入証拠はないものの、多くの報道や関係者が「政治的圧力だ」と疑っています。とくに風刺画がジョコウィに類似している点が注目されました。
政府・文化省など権威層文化相(ファドゥリ・ゾン)が開幕式への出席を急遽キャンセルしたことで、政府側の認識や関与が背景にあるのではとの疑問が広まりました。
キュレーターと美術館側の忖度キュレーターが検閲のリクエストを行い、美術館側が強くそれに同調した姿勢が「政府の意向ではないか?」という憶測を呼んでいます。
野党・活動家の見解報道や活動家は、この事件を「検閲の典型」として批判。「改革期の文化政策の退行だ」「プラボウォ政権はジョコウィ時代の残滓から脱却できずにいる」と指摘されています。

その後のヨス・スプラプトさんのご様子(2025年時点)

作品の撤去と持ち帰り

ヨスさんは、展示中止を受けて自らの判断で全30点の作品を国立美術館から引き上げ、故郷ジョグジャカルタへ持ち帰りました。その撤収は、紛争的な状況によるものでなく、あくまでご本人の意思に基づいて行われたとされています。en.tempo.coArtAsiaPacific

一部作品の売却と再展示の構え

報道によると、数点の作品はアートコレクターに購入される形で新たな公開の機会を得つつあるそうです。また、残された作品については、ジョグジャカルタでの個展開催など再展示の可能性についても言及されています。https://indonesiabusinesspost.com/KBA News

メディアでの発信

ヨスさんは引き続き、「芸術家は社会の腐敗に敏感な公共の知性である」という立場を表明し、今回の事件を「インドネシアにおける表現の自由への警鐘(アラーム)」と位置づけて、アートの社会的役割を訴え続けています。https://indonesiabusinesspost.com/ArtAsiaPacificartreview.com

国際的な議論の一部にも

国際的な博物館ネットワーク「CIMAM(Contemporary & Modern Art Museums)」は、この事件を「検閲の先送りか?」と題した議論の中で取り上げ、美術館という公共の場における言論と表現の自由を守るうえで重要な事例として紹介しました。cimam.org

参考リンク

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この記事を書いた人

インドネシア語勉強中のくま。インドネシア語検定C級合格。B級を目指してコツコツ勉強中

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